祝『君の名は。』大ヒット! 「グッとくる 映画×音楽 8選」

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先日公開され大ヒット中の映画『君の名は。』の主題歌を含む20曲以上の劇中音楽すべてをRADWIMPSが手がけることが、早くから話題になっていましたね。そういったトピックスも含め、主題歌や劇伴音楽、エンディング曲などは映画というものを語る上で欠かせないものであるということを考え、今回、MUSIUM編集部としては「この音楽が映像に加わることでより素晴らしいものになっている!」と思う映画のワンシーンについて語ろうということになりました。あなたにとって、そんな映画・音楽とは何なのかを思い浮かべながら、ぜひ読んでみてください。

 

映画『君の名は。』
音楽 “スパークル(movie ver.)”
RADWIMPS

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新海誠は「時空や距離を超える恋」を描かせたら日本一の監督ではないだろうか。『君の名は。』は、男子高校生の瀧(たき)と田舎に住む女子高生の三葉(みつは)が、ある日夢の中でお互いの身体が入れ替わっていくことに気付き、そこから心を通わせていくという、ファンタジーの王道「男女の入れ替わり」を題材にしたストーリーである。序盤ではポップなラブコメかと思わせるが、そこから一転、ふたりの気持ちの交流を経て強く惹かれあい、最終的には彼らを隔てていた距離や時空をも超え、未来をも変えていくという壮大なラブストーリーに展開する。その軸にあるのは「恋」で、お互いを想う気持ちを「時空を超える」という壮大な出来事にたとえて表現している。
一方で、RADWIMPSも同じく、来世は<一つの命として生まれよう>と歌う“25コ目の染色体”など、「恋」の大きさを「時空を超える」表現で歌ってきたバンドだ。そんな壮大なスケールで「恋」を描き続けてきた両者だからこそ、本作はRADWIMPSの音楽が物語にすんなりと入り込み、ストーリーの軸を担うことができているように思う。
作中で一番印象に残ったのは劇中“スパークル(movie ver.)”が流れる場面。全体で9分52秒にも及ぶこの曲は、静かなピアノの前奏から始まり、壮大なラブソングへ広がっていく。<運命だとか未来とかって 言葉がどれだけ手を/伸ばそうと届かない 場所で僕ら恋をする>。このフレーズこそが、そして作中のこのシーンこそが、新海誠の描き続けてきた世界であり、RADWIMPSがずっと歌い続けてきた「恋」と「僕」と「君」の世界だ。人を愛する気持ちが、距離や時空を超えていく。そんな奇跡のような瞬間が、この映画には満ち溢れていた。

小山 伸子

 

映画『君の名は。』 公式HP

http://www.kiminona.com

 

「君の名は。」予告

 

 

 

映画『愛のむきだし』
音楽 “空洞です”
ゆらゆら帝国

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『愛のむきだし』のエンディングテーマは、“空洞です”しか考えられない。
神父である父親からの愛を受けたいがためにユウ(西島隆弘)は女性のスカートの中を盗撮しまくり、チンピラをボコボコにしていたヨーコ(満島ひかり)に生まれて初めて恋をし、ヨーコはコイケという謎の女(安藤サクラ)に騙され「ゼロ教会」という悪の新興宗教団体に洗脳され、ユウはヨーコを助け出すために戦いを挑む。
これではさっぱり意味がわからないかもしれない。ひとことでは言い表せないほど目まぐるしい展開。叫び、泣き、怒り、走り、転がり、血が噴き出す。まさに愛を、感情を、自分をむき出しにした圧倒される演技の数々は、3時間57分をあっという間の時間だと感じさせる。
ユウとヨーコ2人のこれからの姿を予感することができる、怒涛の物語のラストシーン。そこへ、不気味なギターのメロディとボンゴの乾いた音が聴こえてくる。“空洞です”である。坂本慎太郎(Vo&Gt)の歌が始まると、一変して爽やかなコーラスやサックスが加わり朗らかな雰囲気になるが、歌っているのは<空洞>なのだ。登場人物みんながもがき苦しみ、自分の中の空洞を埋めようと、空洞に意味を見出そうと必死だった。もしかしたら私も、自分でも気がつかないうちに何かに依存し、何かを求めているのかもしれない。エンドロールなんてただただ流れていくばかりで、目の回るような感情の変化に疲れきった、まさに空洞になった頭でそんなことを考えて怖くなった。
今でも『愛のむきだし』を思い出すと“空洞です”が頭の中を流れ、この曲を聴くと感情をむき出しにした満島ひかりの顔が思い浮かぶ。もはやトラウマである。

及川 季節

 

「愛のむき出し」 :  予告

 

 

ゆらゆら帝国 『空洞です』

 

 

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映画『桐島、部活やめるってよ』
音楽 “陽はまた昇る”
高橋優

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映画を観た後に聴く“陽はまた昇る”は、観ずに聴くよりも胸に刺さり、自分が高校生だった日々を思い出させる。
誰もが悩みを持ち、将来に対して不安を抱く。それは特に、自分の進路について考える高校生にとってはすとても大きいものだ。
この映画は、みんなの憧れの男子バレーボール部のキャプテンだった桐島が、部活をやめることによって起きる些細な変化が描かれている。桐島が部活をやめたことは、彼の周りはもちろん、彼と真逆な学生にまで影響する。ひとりひとりの登場人物の心情はとてもリアルで感情移入してしまうし、高校で生まれるスクールカーストには思わず共感してしまう。
高校という端から見れば小さい世界だが、高校生にとっては大きい世界で、高校生は悩み、考えながらそれぞれ必死に生きている。そんな中、エンディグに流れる高橋優の“陽はまた昇る”は、映画に出てくる高校生や、映画を見た私たちのもやもやとした心情に問いかける。<同じような孤独を君も感じてる?>、<同じような窮屈を君も感じてる?>。そして<たとえ明日を見失っても 明けぬ夜はないさ>と、その心情に寄り添い、背中を押すのだ。

北 純子

 

映画『桐島、部活やめるってよ』予告編

 

 

 高橋優「陽はまた昇る」

 

 

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映画『チョコレートドーナツ』
音楽 “I Shall Be Released”
ボブ・ディラン

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魂が宿った歌とはこのことか、と思った。『チョコレートドーナツ』でアラン・カミングが歌う、“I Shall Be Released”である。
物語の舞台は、今ほど同性愛に寛容でなかった1970年代後半のアメリカ・カリフォルニア。そこで、シンガーを夢見るルディ(アラン・カミング)と弁護士のポール(ギャレット・ディラハント)、麻薬依存症の母親に見捨てられた障害を持つ少年・マルコ(アイザック・レイヴァ)が出会い、幸せな家庭を築き始める。だが、ルディとポールがゲイのカップルであるがゆえに法と好奇の目にさらされ、ついに彼らはマルコと引き離される。
明かしてしまうと、マルコはルディとポールの元へ帰ろうとするが、途中で亡くなってしまうというなんとも残酷な結末。それを知ったルディがステージで歌うのが、ボブ・ディランの“I Shall Be Released”だ。泣き叫んで、膝から崩れ落ちて歌うという選択もあったはずだが、彼は必死で自分を保とうとしながら歌っているように見えた。その、哀しみを湛えつつも、温もりを感じる力強い歌声の中に、痛みやどうすることもできない怒り、ポールやマルコへの温かい愛が滲み出ていて、私達の心も激しく揺さぶられる。たくさんのプロテストソングを歌ってきたボブ・ディランの、「私は解き放たれるんだ」というこの曲が、ラストシーンを飾るのにこの上なくぴったりだった。
マルコ役を演じたアイザックは実際にダウン症であるのだが、俳優になりたいという夢をこの作品で叶えた。このシーンの撮影現場に彼も訪れていたが、“I Shall Be Released”を聴いて、ただただ声をあげて泣いていたという。ルディの歌うこの1曲に、改めて歌の持つ力を思い知らされた。

及川季節

 

『チョコレートドーナツ』公式HP

http://bitters.co.jp/choco/

 

『チョコレートドーナツ』 予告編

 

 

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映画『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』
音楽 “風といっしょに”
小林幸子

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昨今、スマートフォン向けゲームアプリ「ポケモンGO」が流行っているが、10年近く前、観た人たちの多くが涙を流した本映画のエンディング曲をあなたは今も覚えているだろうか。小林幸子の“風といっしょに”である。改めて聴くと、この楽曲は私達が生きる現実世界とポケモンの世界を繋げてくれていたことに気がついた。
この映画を通して、ポケモンは私達に生きる勇気を与えてくれた。だが、私達が生きる現実世界にポケモンは存在しない。だから、小林幸子は現実世界にとってのポケモンは「風」であると“風といっしょに”で表現した。<歩きつづけて どこまで ゆこうか/風と いっしょに また歩きだそう>と。風がポケモンの代わりとなって私達の側にいてくれる。ミュウツーを支え続けたアイツーが「これは、風。時には優しく、時には激しく励ましてくれるの」と言ったように、風の変化を表すような壮大なオーケストラサウンドに合わせ、小林幸子は朗らかに堂々たる歌いっぷりで歌いあげる。歌の後半、<大地ふみしめ どこまでも ゆこう>という歌詞からは大勢の子供達の声も混じり、合唱になる。まるで、聴き手である私達を招き入れるようなその雄大な歌声は、私達を映画の世界に引き込もうとしてくれるかのようだ。

畠山 拓也

 

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映画『少年メリケンサック』
音楽 “守ってあげたい(松任谷由実のカバー)”
ねらわれた学園(向井秀徳、峯田和伸)

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ねらわれた学園とは、『少年メリケンサック』の映画音楽を担当した向井秀徳(ZAZEN BOYS)と、出演した峯田和伸(銀杏BOYZ)による今作限りの特別コンビ。クセの強いこの2人が素直に弾き語る松任谷由実の“守ってあげたい”がエンディングで流れると、それまで映画で映し出されていた、音楽とドラマに結び付いて、パンクミュージックの核心を教えられた様な気になる。ひび割れたギターサウンドや、ドカドカと遠慮なく踏みつけるようなドラムのリズム、過激な音や思想、下品さ(ギャグ性)というイメージだけでなく、作並秋夫(佐藤浩市)のように中年になっても、腹が出るようになっても、キラキラ輝く少年性やロマンティシズムを、自分なりの哲学で愚直に表現する。そこからパンクミュージックが生まれるんだと思う。
今作は『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』で今年大ヒットを飛ばした宮藤官九郎が監督・脚本を務めるギャグコメディ映画だ。レコード会社で働く栗田かんな(宮崎あおい)が、25年前に解散した少年メリケンサックという、オッサンバンドと、ふとした理由で全国ツアーを一緒に回ることになる(しかも、25年前のバンドとは世間には知らせずに)。演奏はボロボロ、当然、客からもバッシングを受け続ける。しかも、メンバー間には過去の痛々しい確執があり、一枚岩でもない。個性豊か過ぎるキャラクターが、それぞれ問題を抱えている。しかし物語は次第に好転していく。キャラクター達が各々自分の哲学を持ちながらも接し合う事で、次第に歯車が噛み合い始めるのだ。
映画のエンディングを迎え、“守ってあげたい”が流れてくる。<遠い夏 息をころし トンボを採った/もう一度 あんな気持ちで/夢をつかまえてね>無垢な気持ちを忘れないでね、というメッセージを語りかけられる。一貫して、コメディタッチに展開する今作は、不器用ながらも必死に自分なりの人生を生きる人達が映し出されていて、観終えた頃には肯定感で胸が満たされる。

今井 雄太

 

少年メリケンサック(予告編)

 

 

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映画『ソラニン』
音楽 “ソラニン”
ASIAN KUNG-FU GENERATION

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本作は浅野いにお原作の漫画『ソラニン』を2010年に実写映画化したものである。劇中で宮崎あおいと高良健吾によって歌われているソラニン”は、原作の中で歌詞のみ登場する楽曲”ソラニン”にASIAN KUNG-FU GENERATIONがメロディをつけている。
ストーリーは社会人2年目のOL芽衣子(宮崎あおい)と音楽で食べていく夢を捨てきれずにアルバイトを続ける種田(高良健吾)の恋を中心に展開される。大学卒業して2年細々とバンド活動を続けていた種田だったが、なかなか芽の出ない状況にすっかり弱腰になっていた。その姿勢に痺れを切らした芽衣子に「バンドをやってしい」と思いの丈をぶつけられた種田は、「これがダメだったらバンドを解散する」と新曲ソラニン”を書き上げ、再びバンド活動に熱を入れる。それでも社会が突き付けてくる現実は厳しいものだった。夢と現実の狭間で苦しむ中で、種田は志を果たせぬうちに交通事故でこの世を去ってしまう。
バンドを続けろなんて言わなければと、彼の生活に変化を与えてしまったことに苦しむ芽衣子。彼を思って日々を過ごす中で、種田がこの世にいたことを証明し続けたいと思った芽衣子は、彼の歌を歌いたいと彼のバンドメンバーに声を掛ける。それまでまったくギターに触れてこなかった芽衣子が、彼のギターを手に取って日々練習に打ち込む姿に胸が熱くなる。
映画のラスト10分、芽衣子は初ライヴの最後にソラニン”を演奏する。小さく薄暗いライヴハウスに重たく張りつめる緊張感が、芽衣子が何度もピックを握り直す手から伝わってくる。決して上手いとは言えないギター・ヴォーカルだが、芽衣子は真っ直ぐ胸を張ってステージに立ち、顔をくしゃくしゃにして心の底から歌い上げる。その姿は厳しい現実に立ち向かい、強く逞しく生きようとする彼女そのもので、胸をギュッと強く締めけられてしまう。
芽衣子の歌がここまで心に響くのは、「1人でも多くの人に、彼の歌を届けたい」という強い気持ちが根底にあるからだろう。そしてその強い思いが歌声に乗り、自然と人々の心に刺さるに違いない。いい歌とは一体何なのか。人それぞれ思うところはあると思うが、この映画で芽衣子の歌うソラニン”は最高だ。

遠藤 瑶子

 

 映画『ソラニン』予告編

 

 

 ASIAN KUNG-FU GENERATION 『ソラニン』

 

 

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映画『おおかみこどもの雨と雪』
音楽 “きときと – 四本足の踊り”
高木正勝

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2012年に公開された『おおかみこどもの雨と雪』の、雪山のシーンをご存知だろうか。アニメーション映画のためすべて無の状態から作り上げられたというのに、あたかも元から自然に存在していたかのごとく映像と劇伴“きときと – 四本足の踊り”が一体になった見事なシーンである。
今作では、主人公の女子大生「花」がおおかみおとこと恋に落ち、おおかみこどもの姉「雪」と弟「雨」の出産・子育て(「雨」が生まれてすぐおおかみおとこが急死し母子家庭になる)を通じて成長し、子ども達が自分の生きる道を見つけて自立するまでの13年間を描いている。ファンタジックな設定ではあるが、「人生の様々な局面において、親として、あるいは子として、どのような選択をするのか」という普遍的な問題をテーマとし、現実世界に存在しそうな町や村が舞台であるため、私は登場人物を身近な存在だと認識し感情移入してしまう。つまり今作においてリアルな風景描写と音響がもたらす効果は絶大なのだ。
中でも、親子3人が都会から移り住んだ山奥の一軒家で迎えた初めての冬に、辺り一面真っ白に降り積もった雪に大喜びで雪山を駆け抜ける映像とその劇伴“きときと – 四本足の踊り”が実に印象的だ。子ども達がおおかみの姿になり木々の間を全速力で走り抜ける映像のダイナミックさはさることながら、その疾走感を劇伴が一層際立たせている。小刻みに同じリフを繰り返すストリングスの音色は、映像の中で「雨」が姉の「雪」を追いかけるのと同様に、音の追いかけっこをしているかのよう。みずみずしいピアノの旋律からは、雄大な景色や雪の感触を全身で堪能する喜びや解放感が伝わってくる。この劇伴のすべてが、映像にとって、必然かつ自然な音なのだ。

古川 紗帆

 

映画「おおかみこどもの雨と雪」公式HP

http://www.ookamikodomo.jp

 

 映画「おおかみこどもの雨と雪」 予告1

 

 

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