九州に届け!「不安を取り除く曲」11選

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九州に届け!
「不安を取り除く曲」11選

 

2016年4月14日(木)、16日(土)と立て続けに熊本・大分で起こった、M6.5とM7.3の大地震から2か月が経ちます。熊本大地震の被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げるとともに、お亡くなりになられた方々にご冥福をお祈りいたします。
私達MUSIUM編集部一同は、余震が続く厳しい避難生活の中、想像もできないような不安と戦っている被災地の方々の気持ちを少しでも和らげることができないかと考えました。今回、私達が困難に直面したとき、不安な気持ちを少しでも減らすために聴いている曲を選び、心を込めてレヴューを書かせていただきました。被災地にいるひとりでも多くの方にこの記事が届き、音楽を通じて少しでも力になることができたら幸いです。そして1日も早い震災からの復興をお祈り申し上げます。
また先月の28日(土)、29日(日)に開催されたVIVA LA ROCK2016にて、東日本大震災並びに熊本地震への募金に協力していただいた方々に心より感謝申し上げます。

MUSIUM編集部

 

THE BACK HORN
“シンフォニア”

明日への希望が灯る歌

 

人間の美しさも醜さも、生きることも死ぬことも隠すことなく、人生のすべてを吐き出すのがTHE BACK HORNだ。そして彼らは希望や安心だけでなく、もちろん不安も絶望も歌っている。そんな人間臭さが溢れ出る彼らは、数少ない本当の意味で生きているバンドだ。
彼らは多くの「生き抜く歌」を歌い、それに励まされたことがある人も多いだろう。その中でも、明日の希望を歌う“シンフォニア”には本物の希望が宿り、途方もない困難や問題が目の前に立ちはだかるとき、この曲はいつでも答えを教えてくれる気がする。荒々しく、生気みなぎるギターリフから始まり、歌がなくても奮い立たせられる。さらに<天災にも勝る天才的な愛の存在>や<帰る場所ならここにあるから 何処へでも飛んでけよ>と、弱った心に灯をともす詩が散りばめられている。
背中を強く押すような力強いサウンドと、不安定な心を包んでくれる優しい歌詞。希望が詰まったこの曲は<メロディーが方角を示してる>の一言でわかるように、不安に押しつぶされそうなときに音楽は無力じゃないことを証明してくれる。

小澤 一樹

THE BACK HORNの“シンフォニア”の歌詞はこちら

 

 

平賀さち枝とホームカミングス
“白い光の朝に”

日々の大切さを
再確認させてくれる歌

 

 

見慣れた家やいつも通る道、友達や家族。日々を過ごす中で、そんなありきたりな光景に、わざわざありがたみを感じることは少ない。しかし、平賀さち枝とHomecomingsの共作である“白い光の朝に”は、「ありきたり」の中にこそ大切なことがあると改めて感じさせてくれる曲だ。
日本語詞であるこの曲は平賀さち枝が作詞したものだが、常に英語詞で歌ってきたHomecomingsの畳野彩加(Vo)は、今作で初めて日本語詞の歌に挑戦している。
<愛しき言葉のメモ 過ぎ去った日に胸を焦がし/微笑んだ今日は美しく 道の先に 犬が走る/ドアを今 開く時 今も思い出せる夜空を抱えて>。しょうがなく訪れてしまった悲しい出来事があったとしても、それもすべて胸いっぱいに抱きしめながら進もうと歌っている。そして、Homecomingsの心地よいノスタルジックなバンドサウンドに乗る、平賀さち枝の転がるような哀愁のある歌声と、畳野のつたなく初々しい歌声は心地よいハーモニーを生み、詞の中にある、ありきたりな日々を歌として具現化している。
<ああ 君はまた 大人になって さびしさも増える/そんなこと考えているよ 白い光の朝に>。ありきたりなはずなのに、ぎゅっと切なくなったり、きらきら輝いて見えたり….しかし、ひとつひとつに目をこらして見てみれば、そんな「ありきたり」な日常は誰にでも当てはまるものなのだ。

山吹 彩野

Homecomingsの公式HPはこちら

 

 

THE NOVEMBERS
“Moiré”

自分にできることを
見つめなおす歌

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情報技術の発達した現代において、自分よりも苦しんでいる人を見つけることは容易い。それに比べ、実際に苦しんでいる人の力になることは格段に大きなエネルギーが必要だ。自分には何ができるだろうか。何かができると思うのは傲慢だろうか。こんなことを考えるよりもまずは行動を起こすべきなのではないか。でも、どうやって。 はっきりと言っておかなければならないが、肉体的に、物質的に、最も(あるいは、ある程度以上)苦しんでいる人間に対して、音楽は無力だ。音楽は飢えを満たすことはできないし、寒さを和らげることもできない。それを誤魔化しても仕方がない。 THE NOVEMBERSが“Moiré”(アルバム『GIFT』収録)で歌っていることはこうだ。<手は差し伸べない/あなたがその足で歩こうとするとき/その背中を押したいだけ> 手は差し伸べないという、それは残酷なことだろうか。しかし、自らがすべきことを考え、本当にできることだけを、ある種淡々とこなしていくことこそを誠実と呼ぶのではないだろうか。 このアルバムはこの時代の、(相対的に)恵まれた私達の側に対し、常に問いかける。 アルバムのタイトルである『GIFT』は英語では「贈り物」だが、ドイツ語では「毒」だ。自分の手が毒にまみれていないかを、常に考える。 THE NOVEMBERSを聴いて、何ができるかを考えている。

東 克哉

THE NOVEMBERSの公式HPはこちら

 

 

 

RCサクセション
“わかってもらえるさ”

ただ、いてくれる歌

 

 

軽やかなギターリフと跳ねるジャズ調の鍵盤、ポップスの黄金比で構成されたようなこの曲は、RCサクセションきってのポップソングだ。しかし、この曲の制作時、バンドは不遇の時期だった。会心のアルバムは売れず、1年で廃盤、メンバーも精神を病んで脱退してしまう。忌野清志郎(Vo)は住んでいた風呂無しの安アパートでこの曲をどんな思いで書いていたのだろうか。
僕はこの曲を、孤独に打ちひしがれた時に聴く。自分を俯瞰的に見て、「あれ、何やってるんだろう」と思う時に感じる絶望的な孤独感。今までの事柄は、その時の道理から生まれる圧倒的な正義があるはずなのに、俯瞰というあるはずもない平均値を探してしまう。そして、僕らが社会的に生活する以上、その正しい答えは常に付きまとってくる。
<この歌の良さが いつかきっと君にも/わかってもらえるさ いつかそんな日になる>清志郎の細く震えるような声は、複雑にこんがらがってしまった四畳半の心の孤独に、するっと入り込んでくる。でも、「がんばれよ」なんてことは言ってこない。やたら明るいメロディに乗せて、夢見心地に歌うのだ、<ぼくら何もまちがってない もうすぐなんだ>と。これはそんな音楽だ。

今井 雄太

 RCサクセションの“わかってもらえるさ”の歌詞はこちら

 

 

 

BUMP OF CHICKEN
“embrace”

確かな温もりを感じる歌

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<隠れてないで 出てこいよ この部屋は大丈夫>。この曲はそうやっていつも私達を優しく招き入れる。 生きていると心が傷つくような出来事がたくさんあると思う。暗闇の中でひとりでうずくまり、自分のことが嫌になったり、自分を取り囲むものが嫌になったり。この曲は多くは語らない。しかし藤原基央(Vo&Gt)の優しくあたたかな声で歌われる言葉のひとつひとつが胸に沁みていく。そして、また<腕の中へおいで>と私達を招き入れる。
すべての傷が、誰かの言葉で癒えるわけではない。もちろん自分を支える言葉はあると思うが、どんな言葉よりも<確かなものは 温もりだけ>。ひとりでうずくまっている時に、そっとそばにいてくれるような温もりを感じられる曲だ。

北 純子

BUMP OF CHICKENの”embrace”の歌詞はこちら

 

 

 

GOOD ON THE REEL
“夜にだけ”

自分のための歌

 

 

<心に決めた進むべき道が 頭ごなしに捻じ曲げられていく/悔しかった夜が 逃げなかった夜が/いつか自分の背中を押す>。世の中はいつだって自分の側についているとは限らない。避けられないこと、自分の力ではどうにもならないこと、思い通りにいかないことの繰り返しで人生はあるのだと思う。その時にどう切り返すことができるか。その時こそ、その人の強さが現れる。
苦境を乗り越える手段が泣くことであったって全然かまわない。泣くことなしに、元から強い人なんて誰もいないのだから。<繰り返してく度に 強くなれるから>だから<夜にだけ夜にだけは 泣いたっていいだろ?>と。切なさをまとうも、力強い千野隆尋(Vo)の歌声は、苦しくても立ち上がりたいともがく魂の叫びのようでもある。
泣きたくなったらおもいっきり泣くべきだと思う。強がって否定したくなる<泣く>という行為は、弱さじゃないんだと肯定してくれる。自分が否定した自分を優しく強く、抱き込んで支えてくれる1曲。

遠藤 揺子

GOOD ON THE REELの“夜にだけ”の歌詞はこちら

 

 

 

THE HUMAN BEATS
“Two Shot”

人肌のぬくもりと
優しさを感じられる歌

 

 

MONGOL800のキヨサク、RHYMESTERのMummy-D、クリエイティヴディレクターの箭内道彦、音楽プロデューサーの亀田誠治によるスペシャルユニット、THE HUMAN BEATSの“Two Shot”。無機質なスピーカーを通して耳にするというのに、この歌からは、あたたかな人肌の温度が確かに感じられる。アコースティックギターの穏やかな音色に、キヨサクの素朴で温もり溢れる歌声が重なり、<ねえ君の/ふるさとは どこですか?/どっちがすき?/かぼちゃとさつまいも>という問いかけに心がほっこり。
Mummy-Dが初めて「ボク」という一人称を用いたラップも沁みる。<ホント何から何まで違ってるキミとボク>だけど、<おしえて欲しいんだ キミの好み 分かち合いたいんだ キミとともに/キミのジジョウ キミのキボウ キミのクツウ/取り戻したいんだキミのフツウ>というまっすぐな言葉が、こわばった心を優しくほぐしてくれる。
孤独と不安に苛まれ、自分はひとりぼっちだと感じたり、ほかの人を信じられないと思ったら、この歌をくちずさめばいい。<君と僕の/住んでる街は/離れているけれど/同じ歌を/くちずさむとき/心は繋がってる>。この歌と、この歌を愛する人はみんな、「君」の味方だ。

古川 紗帆

THE HUMAN BEATSの“Two Shot”の歌詞はこちら

 

 

 

ROTH BART BARON
“オフィーリア(Ophelia)”

心の氷を溶かしてくれる歌

 

『ロットバルトバロンの氷河期』というアルバムに収録されている“オフィーリア(Ophelia)”。まるで地球に氷河期がやってきて、世界はすべて凍りつき、自分ひとりが生きているかのような、壮大でありながら繊細で脆く儚い、冷たい不安や孤独。
だが最後を締めくくるこの曲は、<今日は全てが うまくいきそうなんだ>と、始まる。三船雅也(Vo&Gt)の透き通った美しい歌声は、生まれたての子供が初めて発する声のように純粋で無防備で、涙が出るほどに心に響く。シンプルなピアノとドラム、ギターの音色は優しい安心感に満ちていて、ラストの雄大で逞しいコーラスは、ここから少しづつ氷が溶けていくような力強い生命力を感じるのだ。
冷たい氷の中、孤独や絶望の中にいても、春の息吹、誕生の予感がたしかにする雪解けの“オフィーリア(Ophelia)”を聴いて、私はまた少し前へ進むことができる。

及川 季節

 

ROTH BART BARONの“オフィーリア(Ophelia)”の歌詞はこちら

 

 

 

片想い
“踊る理由”

理由なくとも
楽しい気持ちになれる歌

 

私達は、世の中のことについてどのくらい知っているのだろうかと考えると、ほとんど知らないことに気づく。<ふとした理由がわからない><ここにいる理由がわからない>なんていうことは、実はよくあることだ。
“踊る理由”を聴いていると、なんだか楽しくなって踊りだしたくなる。好き勝手に歌うヴォーカルや演奏が、何故か心地よいコーラスやグルーヴを生み出している。ブラックミュージックのようだったり、民謡のようだったり。彼らの音楽が持つそんなラフさが、物事の理由や正解を見つけようと思い悩む、私達の気持ちをほぐしてくれるのだろう。
と、もっともらしい理由をつけてみたが、彼らの音楽を楽しむ上では、そんなものは野暮なだけだ。<わからない>と何度も歌う彼らは、何故だか誇らしげだ。「わからないけど、音楽をやっている今は楽しいぞ」と歌いかけてくる。理由のない楽しさは、理由がないからこそどんな正論や面倒な現実にも吹き消されない強さがある。踊る理由なんてわからなくたっていい。少なくともこの曲を聴いている間だけは、楽しければそれでいいじゃないか。

荒池 彬之

片想いの“踊る理由”の歌詞はこちら

 

 

 

mito
“312 (a song dedicated to all the victims of east Japan great earthquake)”

あなたにも送られていい歌

 

この楽曲は2011年3月12日午前4時9分、東日本大震災の発生からわずか12時間というタイミングでYouTubeにアップロードされた、生音のエレキギターによる2分強のインストゥルメンタル作品である。mitoの膨大な音楽的アーカイヴから紡ぎ出された即興に近い演奏で、優しく頭を撫でてくれるような穏やかな旋律が簡易的な録音機材で収められている。
生死に関わる被害に遭われた方、自身は無事だが家族や友人等を失った人、家屋や財産を失った人など、甚大な被害を受けた人々がいる一方で、例えばニュースなどを目にして心を痛めた人も震災により少なからず何らかのダメージを負っているはずである。ただしこういった人達の多くは、なかなか声をあげて救いを求めることはできない。なぜならより深刻な状況に置かれている人が否応なく目に入ってしまうからだ。自分くらいはしっかりしていなければいけない、という状況は以外とストレスフルだったりする。
『東日本地震のすべての犠牲者に捧げる歌』と名付けられたこの曲は、4月に起こってしまった熊本地震にも通じるものが必ずある。「隠れた」犠牲者のことも含めて皆を救ってくれるような包容力のある作品だと私は考えている。
緩やかに登っていく音階からはどこか希望を感じられるし、演奏の表情からも「何か被災した皆さんに応援を….何かしなきゃって」という彼の想いが伝わってくる。
そこまで深刻じゃない苦しみだって、ちょっとした不安だっていわゆる「犠牲者」と区別する線を引かずに救われてもいいかもしれない。もし元気が出たならその分を少しづつ皆に分けられたらもっといいだろう。

坂本 正樹

 

 

Hilcrhyme
“ルーズリーフ”

ヒントを与えてくれる歌

 

失敗をすると周りの人からの批判や否定に心が動揺し、不安になってしまう。だけど“ルーズリーフ”を聴くと、そんな不安がまっさらに吹き飛ぶ。人生は<君が主人公のその物語>。人生の主人公は自分だから、自分の好きな人と、自分の好きなことを、自分の思うように何だってできることを気づかせてくれるからだ。2ビートのクラップと柔らかくも強いギターストローク、そして楽曲全体をポップに彩るシンセサイザーが更に心を高揚させる。自分の人生を自分で描いていくのは当たり前のことかもしれないが、会社、学校と周りの目を気にしながら生きる閉鎖空間にいては窮屈に感じるのは致し方ないことであろう。
しかし、<皆が右でも俺は左へ>。周りの人間に左右されることはない。自分だけを信じれば、自分の描きたい人生を<自由に書いて良いぜ/自由に破いていいぜ>と何度だって新たなルーズリーフに描き直せる。あなたの人生はあなた次第で無限大に広がるのだ。

畠山 拓也

Hilcrhymeの”ルーズリーフ”の歌詞はこちら