グラミーをきっかけに洋楽を語ろう!

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グラミーをきっかけに洋楽を語ろう!

今年で第58回となる世界最高峰の音楽の祭典、グラミー賞授賞式が日本時間の2月16日(火)の午前9時からWOWOWで生中継されます。今回、グラミー賞にノミネートされているアーティストを中心に、最近の洋楽事情を幅広く知って欲しいと思い、架空の2人の人物の対談をテキストにしてみました。世代もジャンルも異なる彼らの食い違う対談から、どのような視点が生まれるのでしょうか!

 <登場人物>

フジイ先輩
UKロック大好きな32歳の男。大学時代から毎年フジロック・フェスティバルに行き続けることがライフスタイル。よく読んでいた雑誌はBUZZ。
#フジイ先輩を構成する9枚 Processed with MOLDIV

ピチ子ちゃん
ブルックリンが大好きな23歳の女。夢はコーチェラ・フェスティバルに行くこと。英語を読めないのに無理してPitchforkを愛読している。
 #ピチ子ちゃんを構成する9枚 Processed with MOLDIV

グラミーとロックの関係性

 ピチ子ちゃん「先輩!もうそろそろグラミー賞授賞式がありますね!」

 フジイ先輩「あっ、そうなの?実は俺、あんまりグラミー興味ないんだよね」

 ピチ子ちゃん「ど、どどうしてですか????」

 フジイ先輩「音楽の中心はイギリスにあるっていう俺の価値観が根っこにあるから好きになれないんだ。リバティーンズも、レディオヘッドも、ビートルズまで遡っても、自分の好きなバンドは大抵イギリス出身なんだよね」

 ピチ子ちゃん「イギリスの価値観ってアメリカとどう違うんですか?」

フジイ先輩「それはローファイ感だよ。ギターにあるノイズだったり、ボーカルの気怠い歌い方だったり、アナログで録音したようなサウンドの温もり。そして何よりも歌詞が内省的じゃん。それはイギリスの天気が年中曇り空だからそうなるという説もあるようにさ。そういう「薄汚い」感じってアメリカのヒットチャートで受けないし、価値観も真逆じゃん?」

ピチ子ちゃん「真逆……?」

フジイ先輩「ディーバの高らかなビブラートだったり、莫大な制作費をかけたハイファイな録音とか、メッセージの強い直接的な歌詞とか。全部がクリーン過ぎるんだよね。言ってしまえば、成り上がり気質っていうか。だからグラミーで評価されたロックバンドは、U2なんだろうなって。次にコールドプレイか。それはずっと変わらないグラミーの姿勢なんだよ」

 ピチ子ちゃん「ちなみに、最近先輩が愛聴しているニューカマーって誰ですか?」

 フジイ先輩「ジェイク・バグかな」

 ピチ子ちゃん「じぇじぇじぇ……!! ジェイク・バグですか!! あまちゃんのネタも古いですが、じぇ、じぇ、ジェイク・バグも3年前じゃないですか!! 今回は、最近のアメリカのヒットチャートに、むしろ内省的な音楽もランクインしていることを今回、先輩にプレゼンしたいなと思ってるんです」

ケンドリック・ラマーの社会的なメッセージとは

ピチ子ちゃん「そんなフジイ先輩に、まず聴いてもらいたいアーティストは、最多11部門にノミネートされた黒人ラッパーの…………」

 フジイ先輩「ケンドリック・ラマーでしょ?それくらい知ってるわ!」

 ピチ子ちゃん「すっ、すみませっっ!!!!」

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ケンドリック・ラマー

カリフォルニア州コンプトン出身の黒人ラッパー。昨年リリースした『To Pimp A Butterfly』は音楽ストリーミングサービス「Spotify」において、過去最大のストリーミング回数を記録し、アメリカでの初週CD売上はカニエ・ウェストの最新作『Yeezus』を大きく上回り、テイラー・スウィフトの『1989』以外のアルバムで初めて2週連続でビルボード1位の座を獲得した。

フジイ先輩「アルバム、最高らしいじゃん。歌詞がすごいんでしょ?黒人差別を訴える社会的なメッセージでさ。歌詞が<差別反対! 黒人最高! 国際人権規約を守れ!ファッキン!>みたいな感じなんでしょ?名盤らしいね」

ピチ子ちゃん「…………先輩、その歌詞をもう一回言ってもらっていいですか?」

 フジイ先輩「<差別反対! 黒人最高! 国際人権規約を守れ! ファッキン!>」

ピチ子ちゃん「…………ケンドリックをどんな目で見てるんすか……」

 フジイ先輩「キング牧師がラッパーになった感じ」

 ピチ子ちゃん「ぜ、ぜぜぜぜ全然違いますよ!そもそも「ファッキン」って言う人はノエル・ギャラガーぐらいだし、ケンドリックは「マザファカ」って言いますし、そもそもこんな汚い言葉を使わないでくださいよ!あの、整理してもいいですか?白人警官による黒人青年射殺事件が今作の背景にあるのは事実なんですけど、そんな<差別すんな!>とか<ファック・ザ・ポリス>的な直接的なメッセージや、訴えかけるリリックはごくわずかしかありません」

 フジイ先輩「あっ、逆にね?」

 ピチ子ちゃん「“The Blacker The Berry”の歌詞の一部を要約すると、『お前らは白人警官による射殺を問題視しているけど、黒人同士による殺し合いも多い』って告発しているんですよ。ケンドリック・ラマーの凄さは、何よりも彼が常に自己批判的である点なんです。自らの間違いをじっと凝視し、それを内部から告発し、それを認め、反省し、常に昨日より少しだけ良くあろうとする。そこが普通のギャングスタラップとまったく違うスタンスだし、人権運動を行うキング牧師のような指導者でもない。彼のリリックはもっと複雑で、内省的な面もあるんだということ理解してほしいです。じゃ、最後にクイズです。この曲”For Free?(Interlude)”のヴァースでケンドリックは何と言ってると思います?」

 

フジイ先輩「俺ね、ビートルズで英語を学んだからTOEIC680あるの知ってる?結構耳には自信があってね。えーっと…………。<This is not free>かな。つまり<これは自由じゃない>的なことだね。まさにケンドリックが社会的なメッセージを残した名フレーズだね」

 ピチ子ちゃん「ざんね〜ん。正解は<This dick ain’t free(ち〇こはタダじゃない)>でした。流れ的にわかるじゃないですか!そんな直接的な歌詞を歌にしないって!」

 フジイ先輩「じぇじぇじぇ〜いくばぐぐぐ〜!」

正統派グランジ、コートニー・バーネットが支持される理由 

ピチ子ちゃん「多分、これは先輩気に入ると思いますよ」

 フジイ先輩「エモい…..エモい……これはもう、完全にエモいぞ!!」

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コートニー・バーネット

オーストラリア出身で28歳の女性シンガーソングライター。左利きのギタリストとしてロック・フォーク・グランジなどのシーンで支持を得ている。昨年リリースされた『Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I Just Sit』は「The 50 Best Albums of 2015 | Pitchfork」にて9位にランクイン。グラミー主要部門「最優秀新人賞」にノミネート。

 

 ピチ子ちゃん「ジャンル的には全然エモじゃないですよね……?あの、『エモ』を拡大解釈してどんなジャンルの音楽にも感嘆詞のように『エモい』って言わないでくださいよ!彼女は最優秀新人賞にノミネートされている、コートニーバーネットです。まさに90年代のグランジを彷彿とさせるアーティストですよね」 

 フジイ先輩「俺は好きだよ?このディストーションしている感じが。だけど昔のUSグランジとかオルタナティヴと何も変わらなくない?まぁ、そこが好きなんだけど」

 ピチ子ちゃん「そうですね。彼女が支持されている理由って、日本でWANIMAが支持されている理由と背景がすごく似ていると思うんです。WANIMAって、今すごく人気じゃないですか。周りのシーンではフェスシーンに合わせた新世代の音楽が溢れる中、唯一オールドスクールを守ってくれている。それは似ているとか、影響を受けているとか、そんな表面的な次元じゃなくって、遺伝子まで受け継いでいるようですよね」

 フジイ先輩「それわかるわ〜。WANIMAは、エアジャム世代の俺からすれば後輩のように可愛いんだよね。俺はあいつらのライヴによく行ってるよ」

ピチ子ちゃん「そう、まさにその感覚。この前、彼女の来日ライを観に行ったんですが、外国人のお客さんに中年と若者が半々くらいだったんですよ。中年の太っちょ眼鏡とか、ナードな若者とか。多分、コートニーバーネットを支持している人達はピクシーズとかダイナソーJr.とか1990年前後のUSオルタナ世代ど真ん中だと思うんです」

 フジイ先輩「つまり、こんな感じの人が来てたの?」

1359259678-black_francisピチ子ちゃん「だ……誰ですか?こんな怖い人」

 フジイ先輩「ピクシーズのフロントマン、ブラック・フランシスだよ」

ピチ子ちゃん「映画『ムカデ人間2』の人殺しの医者にそっくりじゃないですか…………!」

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自己嫌悪のナルシスト、ザ・ウィークエンド

ピチ子ちゃん「次紹介するのは、ザ・ウィークエンドです。グラミー賞7部門にノミネートされていますが、まずは大ヒットした”Can’t Feel My Face”を聴いてみましょう」

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ザ・ウィークエンド

カナダのトロント出身、1990年生まれのR&Bシンガーソングライター。2010年にThe Weekndと名乗りミックステープを投稿し始める。フリー配信したミックステープのダウンロード数は800万ダウンロードを超え、カリスマ的存在に。昨年、3rdアルバム『Beauty Behind the Madness』をリリース。通算3週全米チャート1位を獲得した。

 

 フジイ先輩「これは売れるわ〜!絶対売れるわぁ〜!売れ線確実じゃねーか!YouTubeの再生回数は1000万回を突破してると見た!」

 ピチ子ちゃん「実は、4億回を突破しておりまして……」

 フジイ先輩「け、けけ桁が違うじゃねーか!俺にはマーク・ロンソンの”Uptown Funk”とか、ダフト・パンクの“Get Lucky”みたいなディスコ回帰路線の系譜を感じるよ。曲は完全にマイケル・ジャクソンだね」

ピチ子ちゃん「ディ、ディスコ風に聴こえます?この曲?」

 フジイ先輩「だってリア充が聴いてる音楽みたいじゃん?」

ピチ子ちゃん「彼の歌詞は全然リア充じゃないすよ。根暗で、自己嫌悪ばっかりの歌詞なんです。<俺はわかってる/彼女のために俺は死ぬ/少なくとも/二人とも麻痺してしまう><彼女は言った「きっとあなたは恋に落ちない」>と歌っているんですが、まぁすごい退廃的ですよね。実は麻薬中毒の暗喩でもあるんですよ。ピッチフォークは彼を『自己嫌悪のナルシスト』と称していました」

 フジイ先輩「あー、なるほどね。ウィーザーが『泣き虫ロック』みたいに言われてたのと一緒か」

 ピチ子ちゃん「何十年前の枕詞ですかそれ(笑)ロックって基本泣き虫の曲が似合うじゃないですか?だけどR&Bやソウルで自分のダークな部分や、弱さを前面に出すアーティストは非常に少ないですよね。ここ最近、ドレイクを中心に増えてきていますが」

 フジイ先輩「確かに、マイケルジャクソンはそんなことを絶対に歌わないよね。だけど、なんでこんな売れ線の人間が自己嫌悪ばっかり歌うんだ?」

 ピチ子ちゃん「彼の元々の音楽性が暗いんです。どちらかというと、サイケデリックな要素が強い。ドラッグを使って幻覚症状を引き起こしたかのような感覚を、スモッグで覆われた退廃的な音像で表現するトリップ・ホップ(HIP HOPとトリップを合わせた造語)でありながら、ビートは2010年以降の新しい感覚に合わせていたから。それが今作で突然変異してポップになったけど、彼の根本にあるネガティヴな要素は歌詞の中で変わらなかったんです。まさにトリップ・ホップからトリップ・『ポップ』へ変貌したアーティストとえますね」 

今、オルタナティヴな価値観はどにあるのか

 ピチ子ちゃん「先輩、どうでした?グラミー賞にノミネートされている先輩の好きなオルタナティヴなアーティストを少しばかり紹介しましたが」

 フジイ先輩「えっ?どこがオルタナティヴなんだよ!?コートニー・バーネット以外、全然ジャンル違うって。あのね、オルタナティヴの定義っていうのは、歴史を遡っていくと1990年代のアメリカのグランジブームが勃発し……」

 ピチ子ちゃん「あの、先輩……」

 フジイ先輩「それ以降、イギリスのマッドチェスターの洗練を受けたオアシスやブラー、そしてレディオヘッドが90年代に……」

 ピチ子ちゃん「先輩!」

 フジイ先輩「そのオルタナの流れは途絶えることなく2000年以降、リバティーンズの君臨により大きなムーブメントを加速させ、その伝統と継承はジェ……」

 ピチ子ちゃん「先輩!!!!!!」

 フジイ先輩「なんだよ!」

 ピチ子ちゃん「もうロックバンドがオルタナティヴを鳴らしている時代じゃないんですよ」

 フジイ先輩「えっ……」

 ピチ子ちゃん「むしろ、R&BやHIP HOP、アメリカのヒットチャートの一部もそう、2010年あたりから変貌しているんです。『アメリカの音楽はディーバが高級な音楽ばっかりで、クリーンだ』って先輩が言っていたじゃないですか。実はその感覚が変わっていて、むしろディーバが暴力的な音楽を表現する、内省的な歌詞を書く流れさえ加速していると思うんです。最後に極めつけのこの音楽を聴きましょう!グラミー賞でサプライズ・ゲストで登場するのではないかと噂されているリアーナの新曲”Bitch Better Have My Mony”です。

 

フジイ先輩「え、これ、本当にリアーナ?? 園子温監督『愛のむきだし』の映像レベルに狂ってないか……!? 血だらけになったリアーナの乳首が丸見えじゃん!…………これはエロを超えてエモいぞ…………!!!!」

 ピチ子ちゃん「上手いこと言ってるようだけど、『エモ』を拡大解釈してどんなジャンルの音楽にも感嘆詞のように『エモい』って言わないでって散々言ってるじゃないですか!」

 フジイ先輩「いや、だけどさ、結構、アメリカのヒットチャートを含めて、洋楽は変わってきているんだね。お前のおかげで最近の洋楽に興味が持てたよ。そしてロックだけに留まらず、オルタナティヴの姿は今でもあるってことがわかったよ」

 ピチ子ちゃん「その言葉、本当に嬉しいです!」

フジイ先輩「久しぶりに新譜でもネットでチェックしようかな」

 ピチ子ちゃん「おっ!その調子ですよ!ちなみにどうやってチェックするつもりですか?」

 フジイ先輩「MySpace」

 ピチ子ちゃん「えっ……古すぎますよ!」

あとがき

2010年前後を境に、洋楽シーンは大きく変わっていきました。何の洋楽を聴けば良いのか分からない人、過去の洋楽ばかり聴いている人、そんな人のためにこのテキストを用意しました。少し乱暴に、少し下品に思われた読者もいらっしゃるかもしれません。もちろん、過去の音楽には色あせることのない名盤や、今聴くことによって新たな価値を発見できる作品が山ほどあります。ただ、一言だけ言いたいことがあるとすれば、洋楽は決して過去のものでも、懐かしむものでも、終わったものでもなく、現在進行形で発展し続けているものだ、ということです。オルタナティヴな価値観は時代を変遷しながら、今でも継承され続けているのです。ビートもシーンも様変わりしましたが、過去の音楽の根にある前衛的な姿は変わりません。洋楽がより楽しく、より盛り上がることを期待して、グラミー賞授賞式を観てみましょう!

野口 誠也)