あなたは、チケット高額転売についてどう考えますか?

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もしかしたら今これを読んでいる人の中にも、ネット上で定価より高値でチケットを購入、または売った経験がある人がいるかもしれない。

 

先日、「チケット高額転売取引問題の防止」の共同声明に、172組のアーティスト、26の国内音楽イベントが名を連ねて大きな話題となった。また、最近では嵐のチケットを高額で転売したとして、逮捕者が出たという大きなニュースが飛び込んできた。
この「チケット高額転売」は、ネットで音楽を手軽に聴くことができるようになり、CDを買わない人が増えた「CD不況」の問題も間接的に影響を与えつつ、ライヴやフェスにお金を使う人が増えている昨今、より深刻化しているようだ。
今回発表された共同声明は、MUSIUM編集部内でも「チケット高額転売」や「CD不況」を通して、それぞれが音楽の聴き方を振り返り、これからの音楽の楽しみ方を考えるきっかけとなった。
音楽が好きでしょうがないというあなたも、ぜひ「チケット高額転売」について、自身の音楽との関わり方について、改めて考えてみてはどうだろうか。

 

もっと良いシステムがあるんじゃない?

1.チケット転売ダメ、ゼッタイ。で、どうするの?(荒池 彬之)

 

2.届け、リスナーの声(遠藤 瑶子)

 

3.CD不況もチケット高額転売問題も、音楽業界の怠慢に過ぎない(山吹  彩野)

 

4.今こそ、正直にHELPと言うべき(畠山 拓也)

 

5.ライヴチケットも、もっと手軽で身近になるべき(小山 伸子)

 

 

リスナーのモラル次第では?

1.音楽に対する時間とお金のかけ方(北 純子)

 

2.音楽に、お金をどう支払うか(吉田 崇大)

 

3.「私の分も楽しんできてくれ!」と思いたい(及川 季節)

 

4.楽しむなら純粋な音楽を(小澤 一樹)

 

 

いや、それよりCD不況のほうが問題でしょう

1.「レコ発ライヴ行く〜!! ……発売するCD? 買ってない!」(古川 紗帆)

 

2.CD不況? チケット高額転売? いやいや、音源危機では?(今井 雄太)

 


 

 

もっと良いシステムが
あるんじゃない?

 

チケット転売ダメ、ゼッタイ。
で、どうするの?

「チケット高額転売に反対」と言われても、いちリスナーとしては、「そうですね、で?」としか言いようがない。そもそも高額かどうかはリスナー側が決める話だ。数万人規模のドームの3階端の席に支払う1万円だって、一生忘れられない最高のライヴだったら気持ち的にははした金だし、ドリンク代のみのフリーイベントだとしても、時間の無駄だったと思うことはある。現状のチケット代が基本的に会場の規模に比例しているという理由はわかるが、音楽体験に対する対価として妥当かどうかは別問題だ。転売サイトに並ぶチケット代は、過剰に引き上げられている部分もあるが、ある程度需要と供給が反映されているとも言える。
「転売をするな」と言われても、前日までどれだけ前倒しで残業をしたって、当日の突然のトラブルで定時に退社できなくなることはあるし、1次抽選から外れ続け、一般発売に向けてサイト上でF5ボタンを連打しても最後までアクセス不可のまま、というのは毎週土曜日の朝の恒例行事なのだ。そんな売り手と買い手を繋げるネット転売サービスは、本来はまったくもって正しい経済行為ではないか? その上で売り手としては、「別に損さえしなければいいや」という気持ちだが、現状身の回りにある便利な転売サービスは定価以上で売ることができて、実際にそれで買ってくれる人がいる。すると定価以上で売ってしまう、というのは正直な気持ちだろう。リスナーの多くはダフ屋のような悪意の塊ではないが、聖人君子でもないのである。そもそもそんなに大量のチケット難民が生まれてしまうのは、ライヴ会場の選定ミスともいえる。ニーズを読み違えた結果ではないか。
文句ばかり言っても仕方がない。「そうですね、で?」の「で?」の部分が大事なのだ。まずは大手プレイガイドによる公式のリセールアプリを提供してはどうか。また、紙チケットもそろそろ時代遅れだ。スマホアプリでの入場が可能になれば、観客をうんざりさせる面倒な本人確認だって容易になる。これらは一部では実施されているが、もっと大々的に、すべてのライヴで当たり前に行なわれるようになることが大事だ。意外と解決の方法は目の前に見えている。あとはやるだけだ。
CD不況と言われる昨今だが、一方全国で音楽フェスが行われ、どこも盛況だ。公式かを問わず、ネットには無料で音楽にアクセスできる環境が溢れている。音楽そのものの量は減ってはいないのではないか。ただ今の音楽のありかたに対して、どうすればお金に正しく繋がっていくか、という部分がはっきりしていない。そこがクリアになれば音楽の可能性はまだまだある。高額転売問題は、その可能性を模索するきっかけになるのではないだろうか。

荒池 彬之

 

 

 

届け
リスナーの声

「チケット高額転売 NO ! 」正直なところ、なぜ今になってと思った。私達リスナーは、ずっと声を挙げてきたことなのに、何を今更である。10年ぐらい早く宣言してほしかったなと思ってしまった。
ひと昔前まで、転売と言えば業者やダフ屋といった人達を中心に行われていたが、今ではインターネットの普及もあって、誰もが手軽にできるようになった。チケット売買のネット市場は、オークションに始まり、最近だとチケット売買の仲介サイトもその手軽さから多くの人に利用されている。しかしながらそういった場では、人気アーティストの公演となるとチケット1枚が数十万単位でやり取りされていることも多々ある。私の好きな嵐のチケットが1枚40万円で出品されている。そんなページを見てしまうと、目玉が飛び出るより先に鳥肌が立つ。この現状を「そんなの10年前に予想できなかったよ」なんて、大人達に言わせたくない。誰かしら予想や、それに対する対策ができたはずの未来が今だからだ。
今になってこんな宣言をするのは、この問題に業界が積極的に向き合おうとしてこなかったからではないだろうか。「不正な売買・転売・譲渡の禁止」という文言を付けておけばいいだろう、ぐらいの距離にいたとしか思えない。でも、どうして業界が重い腰を上げたのだろうか。それは「音楽=CDを買う」時代から、「音楽=ライヴで体感する」時代に変化して、ビジネスとしてライヴの方が収益を上げられるようになったからだろう。しかし、問題になっている高額転売が続けば、大事なお客さんのお財布がまた問題となってくる。定価であれば次のライヴや、グッズに使ってくれたであろうお金が入ってこなくなる。一度の体験ではなく、それが続いていかなければ、市場が先細ってしまうのも時間の問題だ。業界としてはこっちの方が問題ではないだろうか。そんな大人の事情が透けて見えてくると、嫌になる。結局は大人の都合だけで、リスナーのためと言っておきながら、リスナーからお金を取ることしか考えてない。普段からリスナーのことを考えているのならば、昔から続くシステムを常に見直して、イノベーションを起こす努力をしてきたはずだ。
そんな過ぎてしまったことをグチグチ言っていても何も生まれはしない。この問題について言葉を交わすなら、今のこと、これからのことについて、具体的にどうしていけばいいかのアイデアを出し合うべきだと思う。そしてそのアイデア出しは業界の人達だけではなくて、私達リスナーも含まれなくてはいけない。チケット高額転売のHPには「チケット転売問題に対する我々の取り組み」というページがある。しかし、そこに書いてある対策例は私達リスナーにとって、本当にベストなものなのだろうか。私は必ずしもそうだとは思わないし、ライヴに行くことがより窮屈なものになるのではないかと危惧するところさえある。本気で業界を挙げて現状の見直しを図ろうと言うなら、リスナーの声を聞き入れてシステムを再構築するべきではないだろうか。
前述した対策例の場合、あくまでもチケットの主流が紙から電子チケットに変わることが前提とされている。そう、みんながスマートフォンを持っていることが前提とされているのだ。周りを見れば誰もがスマートフォンを持っている時代だが、家の決まりで持てない学生や、私の親のように持っていても上手く使いこなせない人などもいる。そういった中で、私達がチケットを購入する上での公平性は保たれるのだろうか。また、普段ライヴには行かないけど、気になった公演があって行ってみたいというライトなリスナーを取り込むことはできるのだろうか。少し個人的なことを言えば、私自身が紙のチケットが好きなので残しておいてもらいたいというのもある。行ったライヴのチケットを取っておいて、時々整理しながらそのライヴを反芻して、もう一度、いや、二度三度味わうのが私は好きなのだ。要するに、ひとりのリスナーとして届けたい私の声は「紙チケットの存続も考慮してほしい」ということだ。
インターネットの発展はマイナスなことばかりではない。インターネットを介すことで、どんな時代に比べても人々の声がわかるのが「今」だ。実際にシステムを利用するであろう人達の声ほど、モノ作りに欠かせないものはないと私は思う。そんな21世紀だからできる方法を使って、私達で音楽の未来を繋いでいくべきではないだろうか。

遠藤 瑶子

 

CD不況もチケット高額転売問題も、
音楽業界の怠慢に過ぎない

「行きたいライヴには全部行きたい!」──当たり前の話だ。しかし私は、変に思われるかもしれないが、「ライヴのチケットが取れなかったら、その時・そのアーティストとは縁がなかったってことだ」と考えている。それほど音楽とは運や、偶然や、ストーリー性に溢れているものだと思うからだ。しかし、音楽に夢や幻想を抱くのは、少し前までの話だったのかもしれない。ライヴでの音楽との出会いは運命ではなくなってきている。なぜなら、チケットは高額転売用に買われることも多いため、運で取れる確率も少なくなっているからだ。
「チケット転売問題」のサイトを一通り見てみると、解決の方法はすぐに見つかった。ももいろクローバーZが行っていた「鈴木式ももクロチケットマッチングシステム」(※やむを得ずライヴへ行けなくなってしまった場合、チケットを「おゆずり登録」し、「買い取り登録」した人とマッチングできれば、定価で取引が成立されるというシステム)だ。もちろん、音楽業界全体を統率する人達は、このシステムのことは知っていただろう。にも関わらず、今まで対策を講じてこなかったのは、大々的にシステムの整備をするとなれば、莫大なお金がかかるからとしか考えられない。さらに、CDの売り上げが落ちてライヴ動員が多くなった今、高額チケット転売によって起こる負のイメージを阻止すべく、やっと重い腰をあげただけだと思う。一方で、今回の声明に名を連ねたアーティストは、あえて名前を出すことによって、リスナーへ音楽の尊さを訴え、夢を売る音楽業界を健全にしたいという想いを伝えたかったのかもしれない。
チケットの高額転売問題が勃発するほどライヴの動員が多くなっているひとつの要因としては、人が音楽の「体験」を求めているからだとも考えている。昔と比べて売り上げ自体が落ちているCDも、レコードやカセットと同じように、所有してから音楽を流すまで「わざわざ」行う工程を、一種の「体験」だと捉えるようになるのではないか。「体験」できない物は買わない時代なのだ。さらに言えば、CDは、まだまだ一般に流通し販売もされているからこそ、CDがあることへの有り難みを感じていない人が多いのかもしれない。しかし、将来的に音楽が情報配信だけになったとしたら、CDも、現在レコードやカセットブームが再燃しているように、自分の趣味趣向を表現する物のひとつになるのではないか。将来的に必ず重宝されるだろうと思うからこそ、「CDが売れない」と嘆く理由がわからないし、時代に争う必要はないのではと考えている。それでもCDを売りたいなら、確実に対策を講じる必要があるだろう。先日、THE THROTTLEというバンドの“Her Mom Said(No Music Video)”という動画がYouTubeで公開された。冒頭には「『LET’S GO TO THE END』 トラック“5” オレの指ぱっちんと一緒に再生して 本当の想いを感じてくれ。」と書かれており、音楽がなく映像だけが流れるというものである。これはおそらく、バンドを取り巻く人達がCDを売るために必死に考えひねりだした案なのだろう。これはひとつの例だが、こういったCDを売る努力をしていないのにCDが売れる訳ないし、体験できないCDを買う訳がない。
CDショップは、本当に惜しいことをしていると思う。試聴という初めての音楽に触れる「体験」をして「いいな」と思ったとしても、「CD買っても今すぐ聴けないから、あとでダウンロードしよう(安いし)」ということになりかねない。音楽業界はスマホやデジタル機器へのダウンロードコードをCDに添付するよう統一したり、CDショップは店内にWi-Fiを飛ばしておくくらいするべきだろう。いいなと思う体験は突発的に起こるもので、帰り道にデジタル機器で音楽を聴けるようになれば、もしかしたら家で聴く以上に歌詞カードを読んでもらえるかもしれない。現代に寄り添った対策も講じていないのに、「CDが売れない」と言ってしまうのは、時代錯誤な言葉だと感じているのだ。

山吹 彩野


 

 

今こそ
正直にHELPと言うべき

「CD不況」といわれている昨今だが、ここ数年間のCD売上は一定で、今後も低い数字のまま水平に保たれ続けると思う。どういうことかというと、この一定に保たれたCDの売上は、CDだけが欲しくて買う人はほぼおらず、CDについてくる特典、リリースイベント参加券を求めて買う人がほとんどを占めているからだ。つまりはCDの特典商法がなくならない限り、CDの特典目当ての人がCDを買い続けるため、今と同じ売上が水平に保たれ続けると思う。
最近、「CDは特典のおまけだ」とまで言う人がいるが私はそれでも良いと思う。なぜなら、特典目当てでCDを購入されたとしても、それがきっかけで、アーティストにとって最も大切な「音楽を届け、聴いてもらう」ことは達成できているからだ。YouTubeのミュージックビデオも同じだ。ただ、両者とも得られる収益が低いことは確かだ。事実、お金がないと音楽は作り続けられない。
一方、盛り上がりを見せるライヴ事業では、先日、チケットの高額転売に対する声明文が掲げられた。ただ、「ファンは高い金額を払って大きな経済的負担を受け、何度もコンサートを楽しめたり、グッズを購入できたであろう機会を奪われています」という声明文を見て、私は疑問を感じる。なぜなら、高い金額を払ってまでライヴに行くファンは経済的負担を受けつつも、身を削ってまで音楽へ投資している人だ。そこまでしてライヴのチケットを求めるファンであれば、高額のチケットを買おうが、次の音楽への投資を強くはいとわないと考えるからだ。じゃあ何故、声明文であのように述べているのか。それは音楽業界はお金がない中、自分達の商売を利用されて、チケット高額転売業者が儲けていることに嫉妬しているからだと思う。
「音楽業界は今、本当にお金がない。今後も音楽を作り続けるためにはリスナーの協力が必要なのだ」が音楽業界の本心なのだろう。私はこれをリスナーに対して率直に伝えるべきだと思う。実際にアーティストへの協力、支援コンテンツであるクラウドファンディングサービスで成功しているアーティストは数多くいる。アーティストを支える、協力する意識があるリスナーはいるのだ。リスナーに協力を求めるのはダサいと感じるアーティストも多くいるであろう。だが、リスナーの協力がなければ音楽を作ることができない。では、アーティストはどうすればいいのか。アーティストはリスナーからの借りを、音楽で何倍もの楽しみ、喜びに変化させて返せばいいのだ。言わば、CDが売れていた時期、CDの購入金額という借りを音楽で返したのと何ら変わらないことなのだ。

畠山 拓也

 

 

 

ライヴチケットも
もっと身近で手軽になるべき

いち消費者の視点から言うと「CDが売れない」という問題は、逆説的であるが、音楽という存在をより一層身近で手軽なものに進化させたと思う。配信が主流になったことで、音楽と私の関係はより身近になった。居酒屋で、ライヴ開始前のSEで、カフェの有線で、気になった曲は検索し、すぐにiTunes Storeで購入。さらに気に入ればその日のうちに、そのアーティストのアルバムを全曲購入してしまうこともある。その行動で好きになったアーティストが、今の私のiTunesにはたくさん入っている。ずっとCDだけの世界だったら、出会わなかっただろうアーティストばかりだ。それまで「好きなアーティストと私」という構図だったものが、「音楽と私」というもっと広い構図になり、私の中の音楽の世界はどんどん広がった。とても嬉しいことだ。さらにこれからは、出会ったアーティストのライヴにもどんどん足を運んでみたいと思っている。
だからこそ、音楽が身近になったのと同様に、もっとライヴのチケットがどんな人にも公平に、手軽に手に入れられるようになればいいのにと考えている。
確かに、悪意を持って大量にチケットを購入・転売を行って金儲けをしている人達の存在は、気分が悪い。「あいつらが転売目的で買ったせいで、誰よりもあのバンドを愛している私が抽選に漏れた‼」という八つ当たりの気持ちを持ったことは何度もある。だからといって、譲渡・転売のシステム自体が全面的に悪とされてしまったら、正直ものすごく困る。抽選で外れてしまった大好きなバンドのライヴに行けたのも、反対に自分が行けなくなったライヴのチケットを無駄にせず人に譲ることができたのも、そのシステムでチケットのやりとりができたからだ。好きになったばかりのバンドのライヴが来週にあり「今すぐ生で観たい!」と思ってすぐに行けたのも、見知らぬ誰かに譲ってもらったチケットのおかげである。
現在のライヴのチケットシステムは「本当にそのアーティストが好きで、仕事よりもライヴを優先できる人」に対しては、とても優しい。ファンクラブ限定の先行販売で半年以上前にチケット代金を支払わせて客席を埋め、主催側も観客も一安心。しかしそれは、CDをわざわざショップまで出かけて購入したりするくらい、「本当に好きな人」が苦労してチケットを手に入れていた頃の方法だ。音楽への接し方が多様化して手軽になった今の時代においては、とてもクローズドなシステムだ。音楽という存在自体が手軽になった分、チケットを購入してから半年間のうちにライヴより大切な予定ができたり、行きたいという気持ちが変わってしまう人など大勢いるだろう。反対に、ライヴの1か月前に運命的な出会いをして今すぐ生で観たいと思っている人もいる。今、チケットの購入者は「本当に行きたい人」以外にも色々な立場の人がいるのだ。しかし、その人達にとって、1番手軽にチケットを手に入れる・譲ることができる手段が、今のところ個人間のやりとりで進められる転売・譲渡サイトなどしかない。そこが高額転売の温床になっているのだ。配信がメインになり音楽への接し方がとても身近で手軽になっている今、「本当に好きな人」だけでなく「ちょっと興味がある」くらいのライトな層まで、チケットが公平に行き渡るようなシステムが必要なのではないだろうか。そうすれば、高額転売など起こらず、なお且つ、もっと手軽に色々なライヴのチケットが取りやすくなり、音楽業界にとっても消費者にとっても良い世界になるのではないかと思う。

(小山 伸子)

 


 

 

リスナーの
モラル次第では?

 

音楽に対する
時間とお金のかけ方

初めて自分のお金でCDを買った時のことは今でも覚えている。小学6年生の時、兄と2人でお金を出しあって、発売日に買ったBUMP OF CHICKENの『orbital period』。「俺はいいから先に聴きな」と言ってCDを渡してくれた兄。そのCDは10年近く経ってボロボロになったけれど、今も部屋に置いてある、私の大切な思い出だ。
「CD不況」と言われている現代。違法な無料ダウンロードアプリを使って「この曲良いよね」と話す人は、きっと1年後にはその曲があったことすら忘れているだろう。そんな風に、音楽は消費されるものじゃないと思う。
CDは値段以上の価値があるものだ。なかなかお金がなくてCDを気軽に買うことができなかった中学生・高校生の時に買ったものは、いつ、どこで、どのような思いで買ったのか、だいたい覚えている。なぜこれをそばに置いておきたいのか、なぜこの楽曲がこんなにも好きなのか。そんなことを考え抜いて、自分で選んだCDは、記憶として一生残る。例えそれが壊れても、その音楽は簡単には消えない。CDを買うかどうか悩む時間は、今でも私の中でとても貴重な時間だ。
確かにCDよりも便利なものはたくさんある。携帯からいつでも簡単に聴けて、CDを買うよりも安く済むようなサービス。それがすべて悪いと言っているわけではない。でも私は、悩みながら迷いながら、ひとつひとつを丁寧に選ぶ時間を大事にしたいし、そこで選んだ音楽を大切にしてほしいと思う。たくさんある音楽の中で、時間をかけて自分の手で選んだものは、自分にとって宝物になる。 あくまでこれは、お金に余裕がない大学生の意見なのだが、「CD不況」は、大切な時間を失っている人の多さを示しているのだと思う。
また、近頃よく耳にするチケット高額転売問題。音楽に対する価値観の変化を感じるCD不況と同じ原因からだと思われるが、正直、買ってしまう人の気持ちはわかる。例えば、大好きなバンドが解散することになったとする。ラストライヴのチケットが人気すぎてまったく取れなかった。でも行きたい。そのライヴに行けるのならなんでもする。そんな思いから、多少チケットが高くとも買ってしまう。この気持ちは痛いほどわかる。
私がこの件で問題だと思うのは、高額転売を促進させるような環境があることだ。たとえば、とあるチケット転売サイトでは、定価より高い値段で売られているチケットが当たり前のように並んでいる。そのように、あたかもその行為が間違っていないような素振りのせいで、高額転売をする人の中には、それが間違っているという認識がない人もいるだろう。 高額転売されたチケットを買う人、売る人を非難するよりもまず、なぜ促進されるような環境になったかを考え、改善していく必要があると思う。
たとえば、高額転売を促進しがちなチケット転売サイトがあるとしても、定価+手数料や送料の値段しか付けられないようなものにすればいい。そうすれば、自然に高額転売はなくなる。また、「高額転売は間違いである」ということをメディアなどを通じて、世間にもっと知らせる必要があるのではないだろうか。

(北 純子)

 

 

 

音楽にお金を、どう支払うか

チケット転売は今に始まったことではなく、取れなかったファンが余ったチケットを求め会場に足を運ぶことは昔からよくある光景だ。加えて、今ではインターネットのおかげで手元のスマートフォンで手軽に完結することができる。そこでは、ファン同士の損のないやり取りが成立している。その善意の取引にマージンを乗せた第三者のダフ屋行為への警告は各イベントや、アーティストから再三行なっていたが一向になくなる気配がなく、半ば諦めているのではないかと思っていたため、今回、本腰を入れて大きくNOを掲げたことに驚きを隠し得なかった。
なぜ、今回このような大々的な声明になったのだろうか。それは、私達リスナーがCDを購入して音楽を聴かなくなったからだと思う。その結果、音楽業界全体の収益を生み出すメインストリームがコンサート興行にシフトしてきている事実がある。CDを買わなくなったからと言って、音楽に対してお金を使っていないわけではない。しかし、転売目的で出品された高額チケットに手を出せるようになったことや、そしてそれを気軽に可能にしたインターネットサービスが出てきたことで、CDを買わず浮いたお金が音楽業界ではないところへ流れていっている。CDを購入していた金額が定価のチケット代や、コンサートグッズ代にそのまま移行すれば、ここまで大きな声明を出すことはなかったように思う。
では、私達リスナーにできることはなにか。それは、高額転売チケットに手を出さないことだ。結局のところ、「どんなに高額でもチケットが売れる」という事実が高額転売にストップをかけないのだ。ただ、「高額転売チケットに手を出せば行けるコンサートを諦めろ」と言うわけではない。高額転売チケットが氾濫する状況を打破するためには一時の我慢が必要だと思う。とはいえ、ファンが我慢するだけではなく、その誠意に対し主催者側は当日券、ないしは高額で出品された前売り券の差し止め、再販をすべきだ。転売サービスはファンの我慢の末に生まれたサービスだと言える。本来は音楽業界が生み出すべきだったが、二の足を踏んでいるその隙を突いて高額転売の温床となってしまった。チケットが欲しい人にちゃんとチケットを届けることが音楽業界の使命ではないか。ただ、今はちょうどその転換期であり、まだまだ情報が行き届いておらず、環境も整っていないと思う。先日行われた京都大作戦では、営利目的の転売チケットが無効になった。しかし、ただ無効になっただけではなく、その場で説明があり、当日券の販売をし、希望者は入場できたという。こういった取り組みからも主催者のメッセージを受け取ることができ、事例について話し合ってみることが大切だと思う。正規の手段でチケットを購入し、イベントを主催する音楽業界に還元する。そうすることで、アーティストが新しい音源を制作し、感動するライヴを見せてくれる。そうして末永く音楽を楽しむことができるはずだ。

(吉田 崇大)

 

 

 

「私の分も楽しんできてくれ!」
と思いたい

日本国内アルバムセールス歴代1位となっている、宇多田ヒカルが1999年にリリースした『First Love』をリアルタイムで購入していたり、私はまさにCDバブルを青春時代に経験してきた世代の人である。そのまま飾っておきたいような美しいCDジャケットのアートワークや、歌詞カードの文字の並びやフォント(手書きの文字も良い)、CDを取り出しコンポにセットして1音目が始まるまでのわくわく感など、そういうCDを手にとった質感も大切にしていきたいと考えている。
そんな私は、CDを買わずともストリーミングサービスやYouTubeで、無料で気軽に音楽を聴けるようになった今、「CD不況」という言葉を聞いて寂しい気持ちになった。だが、CDにお金を使わなくなりライヴやフェスでの体験にお金や時間を費やす人が増えた。そして、シーズンを問わず各地で様々なフェスが開催されるようになり、音楽を生で聴く機会そのものや、新しい音楽との出会いがより増えたことは、音楽ファンにとっては嬉しいことだ。ひとりじっくりとCDを聴いて、音楽と、自分と向き合う時間も大好きで大切なものだが、身体全体で感じる生の音楽の、あの興奮や熱狂や込み上げてくる感情は、やっぱりライヴやフェスでしか味わえない。
だから万が一にも、「私がダンスミュージックと出会うきっかけとなった、もしかしたらサイボーグかもしれない2人組が待望の単独来日公演!!!!!!」「はたまた何年か前のフジロックで、『神様が降りていらっしゃった……!』と、雷に打たれたような衝撃を受けた、あの歌姫が再び日本に!!!!!!」「私の大好きなバンド第1位の座を不動のものとしてきた彼らが結成10周年を迎え、全国十数か所のホールやドームでの記念ライヴツアーが決定。普段は幕張メッセを埋めるほどのあのバンドが、まさか、下北沢SHELTERでファイナル?????!!!!!」こんなスペシャルなことが起こったら、抽選に外れたとしても、今この時代、この瞬間にしか味わうことができない生の音を体感しておきたい、という気持ちが勝ってしまうような気がするのだ。何倍にも高額になったチケットを求めて、ヤフオク!やチケットキャンプのお世話になってしまうかもしれない自分が怖い。
その中には転売目的で購入されたチケット(多い時ではなんと半数近くだという)が、混ざっているのかと思うと、やはり悔しい気持ちがこみ上げてくる。しかし、そのアーティストが好きで好きでしょうがない人達ばかりの応募でチケットが手に入れられなかったのなら「しょうがない、私の分も楽しんできてくれ!」と、諦めることができるような気がするのだ。だから一音楽好きとしても、高額転売はなくなってほしいと願う。
急遽仕事や用事、体調不良でチケットを取っていたライヴに行けなくなってしまった、という仕方のないこともあるはず。だから、「転売はするな」とは言わない。あきらかに高額転売であるネット上の出品者を厳しく取り締まったり、高額転売が疑われるチケットを使用禁止にしたり、定価より高額のチケット販売を認めないという、シンプルな手段があるのではないだろうか。

及川 季節

 

 

 

楽しむなら
純枠な音楽を

この文章を読む人のほとんどは、急遽行けなくなったチケットの転売以外はしたことがないと思いたい。むしろその前提で書いているので、「転売はやめよう!」とは言わない。逆にチケットをオフィシャル以外で買う側になった人は、売る側の人間よりもかなり多いだろう。中にはどうしても欲しいチケットのために、それ相当の価値があると考えて元値の数倍をはたいた人も居るかもしれない。自分も某夏フェスの駐車券を某アプリでそのように定価の倍で買ってしまったことがあるが、買ってライヴを楽しんだ側は不思議と不満に思わないものなのだ。結局、「高額」転売を良くは思っていない人間でも、やはりどうしても行きたいとなると買ってしまうのが現実だ。
しかし転売屋が居ても、世の中に何の利益も貢献も生まれない。ただただ、音楽をなんとも思っていない不特定多数の連中の財布が潤うのも現実なのだ。バンドが好きな人もアイドルが好きな人も、音楽を何とも思っていない人間が音楽で金儲けできる時代にして欲しくないに違いないし、そうあるべきだ。転売チケットを売るのが悪い、買う人がいるから悪い、というイタチごっこ的なやりとりをSNSで目にすることがある。どちらが悪いかといったら前者だが、後者も間違いなく共犯者だ。高額転売で欲しいチケットを購入できたとしても、その裏には音楽を踏みにじる人間がいることを改めて意識してほしい。なので私は、まずそういった転売に頼るのではなく、SNSでどうしても行きたいライヴのチケットを定価で譲るツイートを血眼になって探す。先客がいたり、見つからないことのほうが多いが、健全な楽しみ方だと思う。
現在、音楽を取り巻く環境には高額転売にしても、 CD不況にしても問題がまとわりついている。どんな問題にしても解決するために必要なものは、お金でも時間でもアイデアでもなく、行動だと思う。私達にできることは、「高額」転売されたチケットは買わない、聴きたい音源はCDでもDLでも購入すること。どちらにせよ特別に音楽業界を守ろうという気持ちを持つ必要はないと思う。ただ音楽は今まで、ある程度モラルに依存するシステムで成り立ってきた。それゆえに音楽は美しいものだし、尊いものだ。音楽を発信する側がそのシステムを法律とルールで固めることもできるのかもしれない。しかしルールで守られた音楽よりも、モラルで輝く音楽が続いてほしい、という願いが先月数多くのアーティストや団体が出した声明には含まれていると私は思う。
最後になるが、私は自分の名前が入ったチケットの半券の束や、自分の趣味趣向が観てわかるアーティストごとに並べられているCDラックが好きだ。何者にも手を付けられていない「自分だけの」純粋な音楽に触れると、もっと音楽が好きになるからだ。「観られればいい」、「聴ければいい」と思って音楽を楽しんでいる人がいるならば、今一度「音」を取り巻く環境も楽しんでみてほしい。

小澤 一樹

 


 

 

いや、それより
CD不況のほうが問題でしょう

 

「レコ発ライヴ行く〜!!
……発売するCD? 買ってない!」

今は昔よりCDが売れないということについては、「昔の状況を知らないけれど、今はCDを買うよりも安く便利に音源を聴ける手段が沢山あるから、そりゃそうだろうな」というのが簡潔な印象である。
私は現在20歳だ。CDが最も売れていた1998年、私は2歳だった。CDが爆発的に売れていた時代を、私は知らない。そのため「CD不況」に関してはどこか他人事感がある。昔を知る大人にとっては、今のCDの売れなさ加減は異常なのかもしれないが、私にとってはCDがバカ売れしていた時の方が異常というか、物凄い状況だったのだな、と感じてしまうのだ。 私と同世代の現在10代~20代前半くらいの人間にとって、YouTubeで無料で音楽を聴くということは、物心付いた頃から当たり前のことだ。そのため、音源を手に入れるためにお金を使うことに消極的な傾向にあることは間違いない。積極的にCDを購入するのは、熱狂的に好きなアイドルやバンドがいたり、よほど気に入った作品に巡り会ったりした場合が大半で、日常的にCDを買うという人はかなりの少数派だろう。基本的にはYouTubeでMVなどを視聴して、聴きたい音源がYouTubeにアップされていなかった場合は、半ばしょうがなくお金を使って音源を手に入れるという人が多いように思う。この、音源を手に入れる方法というのも、TSUTAYAなどでのCDレンタル、iTunesなどでの配信楽曲の購入、LINE MUSICやAWAなどのサブスクリクション型音楽配信サービスの利用など、CDを購入するよりも安くて手軽な選択肢は多岐にわたっている。CDが売れないのも仕方がないと言わざるを得ない。
対して、比較的財布の紐が緩くなる傾向にあるのは、ライヴのチケットの購入時だ。私自身、シングル1枚を買うのは渋るのに、シングルが数枚買えるくらいのライヴのチケット代はポンと払えてしまう。なぜかというと、憧れのアーティストが目の前で演奏し、いつもイヤホンで聴いてる音楽を直に感じられるという「生」の感動にやみつきになってしまったからだ。また、YouTubeでは同じ動画を何回も無料で視聴可能だが、同じライヴは2度とない。この、1回限定の「刹那感」をお金をかけてでも味わいたいのだ。きっとこれは私に限った話ではない。「2016年問題」と言われるようにライヴ会場不足が叫ばれているのは、世の中全体としてライヴの需要が高いという証だろう。
また、ライヴ需要の高まりと同時に、ライヴに来るオーディエンスの層の広がりも感じる。たとえば、あるバンドのレコ発(レコード発売記念)ライヴがあったとして、そのCDの発売が告知されてすぐにCDを予約購入し、全曲聴き込んだ上でライヴに臨むコアなファンもいれば、「今回のCDは買っていないけど、YouTubeで聴いて気に入ったこの曲とかあの曲とかも演奏するだろうし、とりあえずライヴが観てみたいから行こうかな」というくらいの、軽い気持ちで足を運ぶリスナーもきっと少なくないはずだ。
しかし、このようにオーディエンスの中でそのライヴやアーティストに対する熱意の差があったとしても、同じライヴを観る以上、誰が手にするチケットであっても価格は平等であるべきだと思う。どうしても行きたいライヴであればどんなに高額であってもチケットを手に入れたいという気持ちは理解できる。私は今まで高額転売チケットに手を出したことはないが、もし「ELLEGARDENが復活ライヴを開催!」なんてことになったら、1ヶ月のバイト代をすべてつぎ込んででも、チケットを入手したくなるかもしれない。だが、それを実行に移すことと、そのシステムがあることはどちらも問題だろう。定価であれば譲渡・転売は悪いことではないと思うので、値段を吊り上げて転売できる仕組みをなくし、定価転売のみ可能なシステムが業界全体で運用されることを願ってやまない。

古川 紗帆

 

 

 

CD不況? 
チケット高額転売? 
いやいや、音源危機では?

僕はライヴ派か、音源派かと言われれば音源派である。が、「CD不況」と言われる時代の波に乗るように、最近CDはあまり買っていない。ストリーミングサービス元年となった去年以降、CDの価値が自分の中で根本的に変わってしまったからだ。
お金がなかった高校時代、横浜のディスクユニオンやレコファンで、少ないお金が入れば中古CDを漁っていた。Nirvanaの『NEVERMIND』や、GreenDayの『Dookie』など、いわゆる洋楽のクラシック名盤は大量に刷られているおかげで、とにかく安く手に入る。雑誌に書いてあった名盤と言われるCDを探し、どこの店が1番安いかを比べて買う。たまには端っこの棚にぽつんと置いてあるCDをジャケ買いしてみたり、と冒険もした。平気で3、4時間は潰れてしまったけれど、とにかく楽しかった。探すのも聴くのも。
だが、去年から新品も中古も、CDはあまり買わない。もう、ストリーミングで大体聴くことができるからだ。しかもキュレーション機能が付いていて、新しい音楽のおススメまでしてくれるものも少なくない。気になるアーティストの新譜や、好きなアーティストの聴いていなかった音源を聴く。そして、ライヴに行って生の迫力を感じに行くのだ。実際、ストリーミングサービスを使っていない人でも、ここにYouTubeが当てはまる人なら、少なくないのではないか。
リスナーからしてみると、今はスマホさえあれば、音楽の楽しみ方自体はとても豊かになっていると思う。ストリーミングサービスやYouTubeを使えば、少ないおこづかいでもたくさんの音楽を聴くことができるし、多種多様なフェスは1度に沢山のアーティストを体感しに行ける。コアな所だが、音楽媒体もCD以外に、レコード、カセットという選択肢も増えている。個人的には業界側の問題だと思っているが、リスナーの増えた選択肢の中には、違法ダウンロードや、ライヴチケット高額転売など(これはチケットの登録制など、ある程度解決方法が見えている問題だと思っているので言及しないことにする)、アーティスト側でもリスナー側でもないところから出てくる選択肢がある。使うなとは言わない。でも、これらには思想がないと思う。違法ダウンロードにはミュージシャンがこだわった音の良さはないかもしれないし、転売で1万円で買ったチケットは、アーティストがお金のない10代の為に少しでも安い値段で設定したチケットかもしれない。
時代に合わせて音楽を聴く選択肢は増えた今、リスナーは各々自分の都合と照らし合わせて、音楽をより身近に感じられるようになってきている。「CDが売れない」や「転売チケットには手を出さないで」と言う議論ばかりが注目されているように思うが、CDが何百万枚も売れていた時代はもう来ないし、ライヴチケット高額転売問題は音楽業界が声明を出した以上、時期に整備される問題だろう。それより注目するべきは、YouTubeや、ストリーミングサービスなど多様な聴き方をするリスナー達が増えている一方で、それらの利益だけではアーティスト側が十分な利益を得られないということではないだろうか。確かにライヴエンターテインメントは盛り上がっているが、常にライヴをし続ける訳にもいかないし、音源を発信してからのライヴのはず。「音源としてCDは売れないけど、ライヴは盛り上がってるよね」という意識のまま時が過ぎたら、音楽なんてただのBGMになってしまうのではないだろうか? 聴いた人のそれまでの景色や世界を変える様な音楽が生まれ続けて欲しいからこそ、僕は今、音源の重要性が注目されるべきだと思う。

今井 雄太