私とRADWIMPS

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出会った瞬間  心がきらめいて
世界が彩られていくようなあの感覚
おばあさんになってもきっと忘れない

 

私とRADWIMPS


私は、歌詞カードをじっくり見ながら音楽を聴くタイプのリスナーだ。アーティストの言葉のセンスに触れ、一言一句余すことなく味わいたいのだ。特に、哲学的なものの見方や、凝った言い回しや比喩などがある歌詞が好きだ。それまで出会ったことがないような絶妙な表現に出会うと、宝物を見つけたかのように嬉しくなる。様々なアーティストの歌詞でそんな経験をしてきたが、中でもRADWIMPS(以下、ラッド)の歌詞にはこれまで何度感嘆させられたか分からない。
中学2年の夏、初めて出会ったラッドの歌詞は、“me me she”の冒頭のラインだった。<僕を光らせて君を曇らせた/この恋に僕らの夢をのせるのは重荷すぎたかな>。詩的で、美しく儚いこの一文に、一瞬で心を掴まれた。出会った場所はなんと、バサバサのつけまつげを好むような派手目な友人のブログだった(彼氏に自分から別れを告げた事実と経緯を詳細に記し、男性目線で恋人との別れを歌ったこの曲の歌詞を「あいつの気持ち」と題してコピペしていた)こともあり、想像もしなかった言葉たちに、それはそれは鮮烈な印象を受けたことを、昨日のことのように憶えている。
“me me she”でさらに衝撃的だったのは、<僕が例えば他の人と結ばれたとして/二人の間に命が宿ったとして/その中にもきっと 君の遺伝子もそっと/まぎれこんでいるだろう>という歌詞。中2の私は遺伝子レベルで誰かのことを想ったことなどあるはずもなく、「人を心から好きになるってこういうことなんだろうか」なんて子どもながらに考え、ひたすら感じ入っていた。
それからというもの、野田洋次郎というリリックメーカーの才能にすっかり惚れ込んでしまった。前述した遺伝子の表現のようなミクロな視点と、時の流れや世界の起源などに思いを巡らすマクロな視点の両方から描かれる、愛する人への想いやこの世の真理。また時には、<忘れたい でも忘れない/こんな想いを なんと呼ぶのかい(“オーダーメイド”)>など、シンプルな言葉で切実に吐き出される心の内。そのどれもが歌詞カードの中でキラキラと輝いて見えるのだ。
もちろんラッドの魅力は歌詞だけではない。高校生になって自分もバンドを始めてからは、細かなサウンドにも耳を配るようになり、彼らの演奏力の高さや、表現の幅広さを改めて思い知った。バンド全体のサウンドと洋次郎が紡ぐ言葉はキャリアに比例して深みや鋭さを増してき、新たな作品が発表される度にその進化に驚かされてきた。
大きな驚きが昨年夏にもあった。ラッドが手がけた映画『君の名は。』の主題歌・劇伴音楽だ。アニメ映画とのコラボという新境地を切り拓いたのである。鍵盤やストリングスの音色を駆使し、映画の登場人物の心情や各場面の雰囲気によってガラリと表情を変える劇伴音楽は実に見事だった。それはそうだが、私はやはり歌詞に惹かれる性格なので、特に感動したのは主題歌の4曲。マクロな視点での洋次郎節が炸裂する言葉の世界と、壮大なスケールで描かれた映像の世界が絶妙にリンクするのだ。
中でもお気に入りの歌詞は、“スパークル(movie ver.)”の、<互いの砂時計 眺めながらキスをしようよ/「さよなら」から一番 遠い 場所で待ち合わせよう>という部分。愛する人といつまでも一緒にいたいという気持ちが甘美に表現され、ロマンチックに時空が歪む感覚が心地よい。また新しい宝物を見つけたような気持ちになった。これからも、ラッドが活動し続ける限り、私の宝物はきっと増え続けていくのだろう。

古川 紗帆