加藤千恵 『いつか終わる曲』「 消えないメロディーと、思い出と。」

2016年9月28日

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加藤千恵
『いつか終わる曲』

消えないメロディーと、思い出と。

時に音楽はタイムマシーンになる。私は、チャットモンチーの“バスロマンス”を聴くと、中学3年の私が携帯の通話開始ボタンとにらめっこしている場面に一瞬で引き戻される。この曲を、当時付き合っていた男の子からの電話の着信音に設定していたのだ。胸の高鳴りや部屋の匂いまで、その時の記憶が鮮明に蘇ってくる。音楽と記憶は、強く深く、結びついているのだ。
小説『いつか終わる曲』では、音楽とともに刻まれた思いをめぐる物語が、実話かと思うほどリアルに描かれている。題材になっている音楽は、フジファブリックの“夜明けのBEAT”や、くるりの“ワンダーフォーゲル”など、実在する15の名曲達。ショートストーリー集であり、1曲につき3つの物語が展開されるのだが、同じ曲をめぐった物語同士がリンクしているものもあれば、ひとつの物語ごとに完全に独立しているものもある。
特に印象的だったのは、カーネーションの楽曲“Garden City Life”を題材にした章だ。キーパーソンは、やたらとモテるが自分以外を愛せずに浮気を繰り返してきた、43歳・フリーターの男。彼と“Garden City Life”をめぐる3つの物語が、「男」、「男が20代の頃付き合っていた女」、「半年ほど前に別れた女」のそれぞれの視点で展開される。
初夏のある日、男が“Garden City Life”を自分のどうしようもない人生や思い出と重ねながら聴いている。時を同じくして、彼が「夏になると聴きたくなるんだよね」と言っていたのを思い出した元カノ2人もこの曲を再生し、それぞれ彼と過ごした記憶が蘇っていく。彼を記憶の中に置いて、次のステージへと人生を進んでいく元カノ達と、この曲の<どうすれば大人に なれるんだろ>という歌詞の如く、長すぎるモラトリアムから抜け出せない男とのコントラストが見事で、三者三様の人生を応援したくなった。また、私はこの曲を知らなかったのだが、この章を読み進めるうちに、気けばYouTubeを開きこの曲を聴いていた。物語の登場人物達と同じ音楽を聴くというのは新鮮で、音楽とのオツな出会い方・楽しみ方を体験できた。
の14曲とともに紡がれる物語でも、音楽がタイムマシーンとなり脳内タイムスリップが起こる場面や、音楽とともに刻まれる、消えない思い出になるであろう瞬間が丁寧に描かれている。秋の夜長に、忘れられない音楽と大切な記憶に思いを馳せながらこの本を読めば、心地良い眠りにつけそうな気がする。記憶とシンクロして頭の中に流れるメロディーが、自分だけの素敵な子守唄になるはずだから。

古川 紗帆

 

 

加藤千恵

1983年、北海道生まれ。2001年、短歌集『ハッピーアイスクリーム』で高校生歌人としてデビューし話題に。その後、小説、詩、エッセイの、ラジオなどのメディアでも幅広く活躍している。今作『いつか終わる曲』は、祥伝社WEBマガジン「コフレ」(http://www.coffret-web.jp/itsukaowarukyoku/)に連載されたものに書き下ろしを加え加筆修正され、2016年7月に出版された。

 

 

※星内の漢字は、扱う作品の印象を漢字一文字で表しています。

 

加藤千恵 公式HP

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